
皆さん、こんにちは!
「バリアフリー」という言葉、小学校や中学校の社会科の授業で耳にした記憶はありませんか? 駅のエレベーター、点字ブロック、車いす対応トイレ…。私たちの身の回りには、実はたくさんのバリアフリーがあふれています。
でも、「なぜこんなものができたんだろう?」「いつからあったんだろう?」と深く考えたことはあまりないかもしれませんね。今回は、まるで社会の授業をもう一度受けるように、バリアフリーの歴史をたどってみましょう!
1. バリアフリーの始まり:「困っている人がいる!」という気づき
昔々、日本だけでなく世界中で、障害のある方々が生活する上でたくさんの「壁(バリア)」にぶつかっていました。例えば、階段しかない建物、車いすでは通れない狭い道、耳が聞こえない人には分かりにくいアナウンスなどです。
当時は、「それは個人の問題だ」と考えられがちでした。でも、1970年代に入ると、「いや、待てよ。困っているのは個人のせいじゃない。社会の仕組みや建物が、そうさせているんじゃないか?」という考え方が広まってきました。
特に、「ノーマライゼーション」という考え方が大事になります。これは、「障害がある人もない人も、同じように普通の生活を送る権利があるんだよ」という考え方。この考えが広まったことで、「じゃあ、その壁を取り除こう!」という動きが始まったんです。これがバリアフリーの出発点と言えます。まずは、建物の中の手すりや段差の解消など、小さなことから手をつけるようになりました。
2. 法律が動き出す:みんなで「壁」をなくそう!
「困っている人を助ける」という気持ちだけでは、なかなか社会は変わりません。そこで必要になったのが「ルール(法律)」です。
1990年代になると、日本でもバリアフリーに関する重要な法律が次々と作られていきました。
- 1994年:「ハートビル法」: これは「心(ハート)ある建物(ビル)」の法律、と覚えてください。デパートや役所など、たくさんの人が使う建物は、段差をなくしたり、車いす対応のトイレを作ったりすることが義務付けられました。
- 2000年:「交通バリアフリー法」: これは「電車やバス、駅や空港などの交通機関もバリアフリーにしよう!」という法律です。エレベーターやエスカレーターの設置、ホームと電車の間の隙間をなくすなどが進められました。
これらの法律ができたことで、企業や自治体も「やらなければならないこと」として、真剣にバリアフリーに取り組むようになりました。街の中でエレベーターやスロープが増えたのは、こうした法律のおかげなんです。
3. 次のステップへ:みんなに優しい「ユニバーサルデザイン」と「心のバリアフリー」
法律ができて物理的な「壁」は少しずつ減っていきましたが、もっと良い方法はないか?と考えるようになりました。そこで出てきたのが「ユニバーサルデザイン」という考え方です。
バリアフリーが「すでにある壁を取り除く」ことだとしたら、ユニバーサルデザインは「最初から、誰にとっても使いやすいように作ろう!」という考え方です。例えば、自動ドアや、右利きでも左利きでも使いやすいハサミなどがそうですね。みんなが使いやすいように、最初から設計するんです。
そして、最近特に大切だと言われているのが「心のバリアフリー」です。これは、物理的な壁だけでなく、人々の心の中にある「偏見」や「差別」という壁も取り除こう、という考え方。障害のある方や、年齢、性別、国籍が違う人など、様々な人がお互いを理解し、尊重し合う社会を目指すことです。例えば、手話通訳があったり、外国人の方にもわかりやすい表示があったりするのも、この「心のバリアフリー」の一部と言えるでしょう。
4. 私たちの未来:誰もが笑顔で暮らせる社会のために
バリアフリーの歴史は、「困っている人を助けたい」という優しい気持ちから始まり、法律によって社会全体に広がり、今では「みんなが最初から使いやすいように」「心の壁も取り除こう」と進化を続けています。
私たち一人ひとりができることもたくさんあります。
- 困っている人がいたら、そっと手を差し伸べる(例えば、道に迷っているお年寄りに声をかけるなど)。
- 色々な人がいることを理解し、尊重する(例えば、見た目や話し方が違う人にも優しく接する)。
- 会社やお店をより利用しやすくするにはどうすればいいか、考えて行動する。
義務教育で習ったバリアフリーは、大人になって社会に出ると、もっと身近に感じられるはずです。誰もが笑顔で、自分らしく暮らせる社会にするために、私たちも一緒にできることから始めていきましょう!
バリアフリーについて、少しは思い出していただけましたか? 日常の中で「これってバリアフリーだな」「これはユニバーサルデザインかな」と意識してみると、新たな発見があるかもしれませんよ。


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