「誰かのために」生きるということ 〜イチローのスピーチから福祉を考える〜(鹿児島のグループホーム)

高校球児であった私は、本日の出来事を思い出すたびに胸が熱くなることだろうと思います。
そう、イチロー選手がメジャーで野球殿堂入りしたときのあのスピーチでの言葉たち。

「困難に直面したとき、支えてくれる人がいた。だから前を向くことができた。」
「努力は報われるとは限らない。しかし、努力なしに報われることは決してない。」

この言葉を、福祉の現場に関わる私たちは、どんなふうに受け止めたらいいのでしょうか。


支える側と支えられる側

福祉という仕事に関わっていると、つい「支える側」「支えられる側」と区別してしまうことがあります。でもイチローの言葉から感じるのは、どんなスーパースターでさえ「支えられる側」にいたことがある、という事実です。

誰かが見てくれている
誰かが応援してくれている
誰かが信じてくれている

それだけで、人は生きる力を取り戻せる。そう考えると、「福祉」とは特別なことではなく、人が人として生きる根っこにある営みなのだと思います。


努力が報われないとき

イチローは言いました。

「努力が報われないことはある。」

この言葉は、時に厳しくもあります。でも同時に、「それでも努力する意味がある」と彼は信じていた。そして、それを支えてくれたのは周囲の人の存在だったと語っています。

私たちの利用者さんも、時にはがんばっても報われない日がある。思うように身体が動かない。言葉にならない苦しさを抱えている。
でも、その「がんばり」に気づく人がそばにいるだけで、全く違う明日になるのではないでしょうか。


「自分のため」から「誰かのため」へ

イチローがキャリアの後半で語るようになったのは、「誰かのためにプレーすることの喜び」でした。若い頃は自分の記録、自分の成績を追い求めていた。でも、あるときから「チームメイトやファンのために」が彼を突き動かすようになったと言います。

福祉の現場も似ています。
初めは自分のための仕事だったかもしれない。安定した職がほしかった、生活のためだった。
でも、ある日ふと、「この人の笑顔のために」と思える瞬間が訪れる。
それは、小さな変化に気づけるようになったとき。目を合わせてくれた。ありがとうと言ってくれた。少し声が大きくなった……。そのすべてが、福祉の誇りになる。


最後に:生きる力とは

イチローのスピーチは、単なる栄光の記録ではなく、「人が生きる力」を語っていたように思います。
それは、「完璧だから尊い」のではなく、「不完全でも挑み続けるから尊い」ということ。

福祉の現場にいる私たちも、日々「挑戦」をしています。うまくいかない日があっても、諦めず向き合う。寄り添う。それこそが、支援の根幹ではないでしょうか。

イチローの言葉は、今日もどこかで誰かの背中をそっと押している。
私たちもまた、誰かの「イチロー」になれるかもしれません。
その可能性に、少しだけ希望を持って、明日も現場に立ちたいと思います。(文/構成:田中)

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