真夏の扉(鹿児島のグループホーム)

夕暮れの空が、夏の色に変わりはじめている。
昼の光に疲れた街並みを、濃い群青と茜色が静かに包み込む時間。
駅までの帰り道、ふと見上げた空が、思っていたよりも高くて、
なんだか少し、胸がきゅっとした。

ほんの数日前まで、朝晩はまだ肌寒くて、
駅のホームでは腕をさすっていたはずなのに。
季節はいつも、音も立てずに進んでいく。
まるで、「気づけるかどうか」が試されているみたいに。

夏が近づいてくると、どこか胸の奥がそわそわする。
あの、空気の匂い。
夕立のあとのアスファルトの湿った匂いとか、
遠くで鳴り始める蝉の声とか。
子どもの頃の記憶が、輪郭のないまま浮かんでは消えていく。

あの頃は、時間が無限にあって、
明日のことなんて、考える必要もなかった。
ただ、今日が楽しいかどうかだけがすべてだった。

でも今は、大人になって、
いろんなことを考えるようになった。
“自分の選択は間違ってなかったか”
“このままでいいのか”
“誰かにちゃんと届いているのか”
そんな問いが、心の中で繰り返される。

だけどふと思う。
誰にも見せなかった弱さや、不安や、迷い。
それらを抱えながら、それでもちゃんと前に進もうとしてる自分がいるってこと。
それって、ほんとはすごく勇気のいることなんじゃないかって。

真夏の扉って、たぶん何か大きな出来事のことじゃない。
新しい環境でも、大きな夢でもない。
もっと静かで、小さな決意のこと。
昨日より少しだけ前を向けたとか、
ほんの一言でも、自分の本音が言えたとか。
そういう一つ一つが、きっと扉を開く音なんだと思う。

誰かに見せるためじゃなくて、
自分自身と、ちゃんと向き合うために。

焦らなくていい。
誰かと比べる必要もない。
今年の夏、自分のペースで、自分なりに、
そっとその扉に手をかけられたなら――
それだけで、充分だと思えるようになりたい。

空は、今日もきれいだった。
それだけで、少し救われた気がした(文/構成:田中)

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

コメント

コメントする

目次